はじめに
世界の安全保障を語る上で、台湾問題ほど切迫感と不透明感を伴うテーマはありません。2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、台湾有事の議論は現実味を帯び、国際社会の最大級のリスク要因として注目されるようになりました。なかでも「2027年」という年は、中国が台湾への軍事行動を起こす節目として繰り返し言及されています。
果たして本当に中国は2027年に台湾を侵攻するのか?それとも軍事的威圧にとどまるのか?本稿では、中国の軍事力整備、政治スケジュール、経済的リスク、国際社会の対応を総合的に分析し、2027年侵攻説の実像に迫ります。
(1) 人民解放軍創設100周年
中国共産党は1927年に武装組織を創設し、これが人民解放軍の起源とされています。したがって2027年は創設100周年にあたり、中国政府は「台湾統一を含めた軍事能力を整える節目」として位置づけています。
(2) 軍近代化計画のマイルストーン
中国は2035年までに「世界一流の軍隊」への進化を目標に掲げています。2027年はその中間地点であり、米国防総省も「2027年までに台湾侵攻能力を備える」と分析しています。
(3) 習近平政権の政治的節目
習近平は異例の3期目を継続中。2027年前後は、党大会(2027年秋)が予定され、そこで「台湾問題の進展」を政治的成果として掲げたい可能性があります。軍事的統一までは至らずとも、圧力を強めるカードとして利用されるでしょう。
(1) 空母と海軍力
- 中国はすでに3隻の空母(遼寧、山東、福建)を保有。福建は電磁カタパルトを搭載し、米空母に近い能力を有します。
- 将来的には原子力空母も建造中とされ、インド太平洋でのプレゼンスは急拡大。
- しかし空母は本格的な遠洋作戦を行うにはまだ経験不足であり、整備・訓練の成熟には時間が必要です。
(2) ミサイル戦力
- DF-21D(対艦弾道ミサイル)、DF-26(グアム射程)といった「エリア拒否」兵器で米軍の接近を阻止。
- 弾道・巡航ミサイルの在庫は世界最大規模。
- ただし米軍はミサイル防衛システムを改良中であり、「決定的な優位」とは言い切れません。
(3) 空軍・ロケット軍
- ステルス戦闘機J-20の配備拡大。
- 無人機群による飽和攻撃戦術の開発。
- 宇宙・サイバー戦力も強化。
- 制空権を一時的に奪取できても、台湾上陸作戦には制海権が不可欠で、米海軍の介入を完全に防ぐのは難題です。
(4) 上陸作戦のハードル
- 台湾海峡は最短でも約130km。兵力輸送・補給を行うには数十万トン規模の輸送力が必要ですが、中国は依然として揚陸艦や大型輸送艦が不足しています。
- 結論として、「侵攻能力を整えつつあるが、短期決戦で勝利するのは困難」というのが現実です。
(1) 米国の戦略
米国は台湾関係法に基づき「台湾防衛に必要な物資供与」を行っています。近年はより踏み込み、F-16V戦闘機、ハープーン対艦ミサイル、無人機などを供与。バイデン大統領は台湾防衛を「明言」するなど、事実上の安全保障コミットメントを強化しています。
(2) 日本の役割
日本は台湾有事を「日本有事」と位置づけ、南西諸島での自衛隊配備を急拡大。与那国島にはレーダー基地、石垣島・宮古島にはミサイル部隊が配置されました。日米同盟の枠組みの中で、補給・後方支援の拠点となる可能性が高いです。
(3) 国際社会
欧州諸国(イギリス、フランス、ドイツ)はインド太平洋戦略を掲げ、台湾問題に関心を示しています。台湾有事が起これば、ロシア制裁以上の国際的包囲網が形成される可能性があります。
台湾は「ハリネズミ戦略」を掲げ、侵攻を困難にする装備を重点的に導入しています。
- 新型国産潜水艦の建造
- 機動的な対艦ミサイルシステム
- 地対空ミサイルによる防空網
- 空港・基地の地下化、シェルター化
- 兵役延長と予備役訓練
台湾自身が短期決戦を阻止できれば、米国や日本が介入する時間を稼げるため、抑止力は強まります。
台湾侵攻は中国経済にとっても極めて危険です。
- 半導体依存:世界の先端半導体の約7割を台湾(TSMC)が供給。侵攻すればサプライチェーンが大混乱し、中国自身も大打撃を受けます。
- 経済制裁:SWIFT排除や資産凍結など、西側諸国の制裁はロシア以上に中国経済を痛めます。輸出依存度の高い中国は深刻なリスクに直面。
- 国内政治:習近平は経済停滞や失業増加に直面。戦争に失敗すれば政権の正統性が大きく揺らぐ。
2027年の戦争像は従来の「上陸作戦」だけではなく、以下の要素を含むと考えられます。
- サイバー攻撃:台湾のインフラや金融機関に対する攻撃。
- 情報戦・心理戦:SNSを通じた世論操作や偽情報拡散。
- 宇宙戦力:GPS妨害や衛星破壊兵器の使用。
- AI兵器・無人機群:数百機規模のドローンで防空網を飽和攻撃。
これらは侵攻の前段階として「グレーゾーン戦術」として使われる可能性が高いです。
ここまでを総合すると、次のように整理できます。
- 侵攻可能性はゼロではない
中国は軍備を整えつつあり、政治的・軍事的圧力を強めるだろう。 - だが現実性は低い
上陸作戦の困難さ、米軍介入リスク、経済制裁の破壊力を考えると、全面侵攻は「勝てない戦争」となる可能性が高い。 - むしろ可能性が高いのは「グレーゾーン」
封鎖、限定的攻撃、サイバー攻撃など、軍事行動と非軍事行動の中間的圧力が現実的シナリオと考えられる。
全面侵攻の可能性 | 低いがゼロではない(5~10%程度という推定も) |
---|---|
圧力や限定的衝突 | 中~高(30~50%と見る専門家も) |
2027年は確かに「要注意の年」ではありますが、それは「侵攻が起きる年」ではなく「中国が侵攻能力を整え、圧力を最大化する節目の年」という意味合いが強いでしょう。
「台湾侵攻の可能性はゼロではないが、高くもない」。この表現こそ、現在の国際情勢を端的に表しています。
中国にとって最大の選択肢は「戦わずして屈服させる」こと。すなわち軍事力を背景に、外交・経済・心理戦を駆使して台湾を揺さぶる戦略です。
台湾問題は単なる地域紛争ではなく、米中覇権競争の縮図であり、世界経済を左右する試金石です。2027年が近づくにつれ、軍事的抑止と国際社会の結束が試されることになるでしょう。
軍事的段階 | 中国の行動例 | 各国の対応戦略 |
---|---|---|
第1段階(威圧) | – 軍機によるADIZ侵入
– サイバー攻撃 |
米国:外交的非難、情報収集
日本:警戒監視強化 台湾:防空体制強化 |
第2段階(封鎖) | – 港湾・空港の封鎖
– 通信・物流の遮断 |
米国:空母打撃群の展開
日本:自衛隊の警戒態勢強化 台湾:備蓄放出、国民動員準備 |
第3段階(離島占拠) | – 金門・馬祖など離島の占拠
– 上陸演習の実施 |
米国:兵站支援、武器供与
日本:邦人退避支援、後方支援 台湾:局地防衛、国際支援要請 |
第4段階(全面戦争) | – 本島侵攻(ミサイル攻撃・上陸作戦)
– 空挺部隊の投入 |
米国:直接軍事介入の可能性
日本:集団的自衛権の行使検討 台湾:全面動員、市街戦準備 |
【シナリオ1】グレーゾーン作戦の強化(非武力的圧力)
中国が武力を使わず、軍事的恫喝や情報・経済的圧力で台湾を揺さぶる。
要素 | 内容 |
---|---|
軍事 | 毎日のようにADIZ(防空識別圏)への進入。ドローンや無人艇の派遣。 |
サイバー攻撃 | 台湾の電力網、通信、金融システムへの断続的な攻撃。 |
経済 | 観光・農産物の禁輸、台商への圧力。 |
情報戦 | SNSなどを使った世論分断・偽情報拡散。 |
目的:戦わずして屈服させる(孫子の兵法)
リスク:低(国際的な戦争には発展しにくい)
【シナリオ2】海空封鎖シナリオ
中国が台湾への航空・海上交通を遮断。実際の上陸はしないが、事実上の「兵糧攻め」。
要素 | 内容 |
---|---|
軍事 | 台湾周辺を中国海軍と空軍が囲む。港湾封鎖。 |
経済 | 台湾の輸出入(特に半導体)がストップ。世界経済にも影響。 |
国際対応 | 米国・日本が物資支援を試みる→軍事的緊張が高まる。 |
目的:軍事侵攻せず台湾を屈服させる中間戦略
リスク:中(アメリカとの衝突リスクが高まる)
【シナリオ3】金門・馬祖など離島の限定侵攻
台湾本島には攻撃せず、福建省に近い小島(金門島・馬祖列島など)を占領し、台湾側の「譲歩」を引き出す。
要素 | 内容 |
---|---|
作戦規模 | 数日で奪取可能な規模。人民解放軍が即応展開。 |
国際反応 | 本格的な制裁の引き金にはなりにくい。だが米国は支援強化。 |
台湾の反応 | 国内の対中感情が高まり、民進党支持が上昇。 |
目的:低リスクで軍事的既成事実を作る
リスク:中(武力衝突には発展しにくいが、政治的反発は強い)
【シナリオ4】全面侵攻シナリオ(上陸作戦)
中国が台湾本島を武力で制圧し、政権転覆・統一を狙う最大規模の作戦。
フェーズ | 内容 |
---|---|
① 開戦直前 | 大規模なサイバー攻撃とデマ拡散、通信遮断、空港・港湾封鎖。 |
② 開戦初日 | 弾道ミサイル攻撃(台北、嘉義、台中、高雄)、空爆開始。 |
③ 数日後 | 人民解放軍が艦艇・上陸用舟艇で海峡横断、本島上陸。 |
④ 市街戦 | 台北などでゲリラ戦。死傷者多数。長期戦化のリスクあり。 |
想定される死傷者:両国合わせて10万人単位(CSIS予測)
日米が介入すれば全面戦争に発展
習近平にとっても「賭け」であり、政権崩壊リスクも伴う
各国の対応シナリオ
国・地域 | 想定対応 |
---|---|
🇺🇸 アメリカ | 早期警戒。空母打撃群と空軍を展開。台湾支援だが全面介入には慎重。 |
🇯🇵 日本 | 与那国・石垣・沖縄で防衛体制強化。中国の動き次第で後方支援か防衛出動。 |
🇹🇼 台湾 | 一部で徴兵制延長中。ドローン戦・市街戦を想定した新戦略採用。 |
🇪🇺 欧州 | 経済制裁は協調。軍事介入は消極的。 |
🇦🇺 オーストラリア | クアッド(日米豪印)枠組みで海上監視に協力の可能性。 |
結論:最もあり得るのは?
シナリオ | 可能性(2025時点の専門家評価) |
---|---|
グレーゾーン強化 | ★★★★★(高) |
海空封鎖 | ★★★★☆(中~高) |
離島限定侵攻 | ★★★☆☆(中) |
全面侵攻 | ★★☆☆☆(低いが無視できない) |
台湾の陸軍は現役兵で約10万人ですが、予備役を含めると実質15万〜20万人の規模になります。
そのため、中国軍が台湾に侵攻する場合、通常の戦争理論に従えば「敵の3倍の兵力」が必要とされます。つまり、45万〜60万人規模の陸上部隊を上陸させる必要があります。
さらに、その大部隊を海を越えて運び、補給や支援を行うために、海軍として30万〜50万人規模の兵力も必要になります。加えて、制空権を確保し、上陸部隊を守るためには大規模な空軍の投入も不可欠です。
結果として、中国軍が台湾に対して本格的な上陸作戦を実施する場合、総兵力100万人規模に達する、歴史的にも極めて大規模な軍事作戦になると考えられます。
作戦の初期段階では、中国が1,000発以上のミサイルを台湾に撃ち込むことが予想されます。その時点でアメリカ軍の原子力潜水艦が台湾海峡周辺に展開する可能性が高いのですが、中国は対潜水艦作戦の能力が低く、アメリカの潜水艦を探知できないと見られています。
その結果、中国海軍の艦艇は台湾海峡でアメリカの潜水艦に撃沈される可能性が極まて高いと予想されます。具体的には、中国軍の損害は少なく見積もっても2~3割、多ければ半数近くに達すると予想されます。
軍事の常識では、損耗率が3割に達すると部隊は戦闘能力を失い、作戦は事実上の敗北と見なされ撤退すべき状況とされています。つまり、中国軍が台湾上陸を強行したとしても、非常に大きな犠牲を伴う可能性が高いのです。
結果として、中国軍が台湾に対して本格的な上陸作戦を実施する場合、総兵力は100万人規模に達し、歴史的にも類を見ないほど大規模な軍事作戦となると考えられます。
仮に上陸作戦に踏み切ったとしても、強襲揚陸艦や輸送艦の数や性能から考えると、成功は極めて難しく、中国軍の損害は2〜3割、状況によっては半数近くに達する可能性があります。軍事の常識では、損耗率が3割を超えると部隊は戦闘継続能力を失い、作戦は事実上の失敗と見なされます。
つまり、中国が台湾に侵攻するのは軍事的に極めて困難な作戦です。常識的に考えれば、その実行可能性はかなり低いといえます。
しかし、ロシアがウクライナに侵攻したように、「低い=絶対にない」ではありません。
政治的な判断や突発的な要因によって、リスクが現実化する可能性はゼロではないのです。