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国際情勢・防衛

ケネディ大統領暗殺事件の真相、「オズワルド」は厚木基地にいた

2017/11/06

ケネディ大統領は、1963年11月22日に暗殺されたが、犯人とされる「オズワルド」は厚木基地に勤務していた。

オズワルドの日本の米海軍厚木基地以降の経歴を見てみる。

1957年 オズワルド米海軍厚木基地赴任
1959年 オズワルド旧ソ連亡命
1960年  米偵察機U-2、ソビエト上空で撃墜される
1961年  ケネディ大統領就任
1962年 オズワルド米国に帰国
1963年  ケネディ大統領暗殺

オズワルドは日本の米海軍厚木基地でU-2偵察機関連の任務をし、ロシア語を習得して、1959年に旧ソ連に亡命し、1960年に旧ソ連がU-2偵察機を撃墜している。

その後、アメリカに帰国し、一般市民と生活しているのが、不可解だ。

そこに暗殺事件にヒントがある。

しかし、オズワルドだけ調べても推測だけに終わってしまうので、別の角度から見ていく。
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なぜ、アメリカ政府はオズワルド単独犯行説で処理したのか?

ケネディ大統領暗殺事件では、オズワルドの狙撃場所である教科書倉庫ビルから3つの薬きょうが発見された。

しかし、狙撃した1発は外れ、2発が大統領に命中、1発がコナリー知事に命中しており少なくとも4発なければおかしい。また白バイの無線には4発の銃声が記録されている。

ウォーレン委員会では、ケネディ大統領に命中した1発の弾丸が、貫通し方向が90°曲がりコナリー知事に命中したとした。

「ウォーレン委員会」の「オズワルド単独犯行説」はかなり無理がある。

オズワルトは旧ソ連に亡命しており、この暗殺事件の真相を追求すると旧ソ連を疑うことになり、最悪の場合「米ソ核戦争」に発展する可能性があるとして、「オズワルド単独犯行説」になったとする見方がある。

 

ジョンソン副大統領は黒幕ではない

ケネディ大統領死亡によりジョンソン副大統領が大統領に就任したことからジョンソン副大統領が暗殺事件の黒幕ではないかという見方があるが、これは正しくはない。

ケネディ大統領暗殺事件の黒幕は、オズワルドを旧ソ連に送り込んだ1959年から関与している。ジョンソン副大統領が副大統領に就任したのは1961年なので時間的に整合性がない。

ジョンソン副大統領が暗殺事件の前後に真相を知っていた可能性はあるが黒幕ではない。

 

黒幕は軍部または退役軍人組織か?

ケネディ大統領暗殺事件の黒幕は1959年にオズワルドを旧ソ連に送り込み、U-2偵察機の情報はわざと旧ソ連に漏洩させたと思わる。

なぜ、そうしたかというと、U-2偵察機を旧ソ連に撃墜させ、それを原因として米ソ戦争する意図があったと思われる。

この作戦はうまくいかなかった。

その後、大統領に就任したケネディ大統領は、ソ連に対して消極的な対応をしており、アメリカがソ連に負けてしまうという危機感がアメリカ軍の間で広がったと思われる。

軍部としては、アメリカという国を守るか?ケネディ大統領を暗殺するかという究極の選択をしないといけない事態に追い込まれたと感じた可能性がある。

オズワルドを旧ソ連に送り込むことができた黒幕は1957年~1959年に日本の米海軍厚木基地に出入りしていた○○提督の可能性がある。

黒幕は誰かということは、下記の書籍のレビューに書いている人がいるが、やはり、推定でしかないので、ここで特定の個人名を書くことは控えたい。

 

秘密工作ケネディ暗殺―天国からのメッセージ



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