蒋介石夫人「宋美齢」の対アメリカ工作
蒋介石の妻「宋美齢」は、蒋介石が率いる「中国国民党」が日中戦争(1937年~1939年)で苦戦していたため、アメリカで日本の評判を下げ、アメリカが「中国国民党」を支援するよう工作をした。
- 1897年、宋美齢は上海の裕福な家庭に生まれた。
- 1910年にアメリカに留学し、1927年に蒋介石と結婚する。
この結婚はニューヨークタイムスが一面で報道するほどアメリカでも話題になった。
宋美齢は、米国留学経験があり、流暢な英語をしゃべる美しい中国女性で当時のアメリカ国民の心を捕えた。
- 1936年、宋美齢は中国国民党航空委員会秘書長となり、外国から軍用機を購入し、外国人軍事顧問を招聘した。
- 1937年、宋美齢は、アメリカ軍のジェンノート将軍に手紙を書き、軍事顧問の就任を依頼した。その手紙を受け取ったのジェンノート将軍は、米国義勇軍「フライングタイガース」を創設し、フライングタイガースは日本軍と戦った。
- 1945年、第二次世界大戦が終結したが、中国国民党は国共内戦に敗れ、台湾への逃れた。
台湾総統夫人となった宋美齢は、アメリカとの関係を維持し、アメリカ国内で工作していた。その拠点がサンフランシスコにあったとされる。
当時(1950年頃)は民間国際航空便がなく、中国や台湾からアメリカに行くのは船であり、そのためアメリカ西海岸のサンフランシスコを拠点としたと思われる。
- 1975年蒋介石が死亡し、宋美齢は台湾政界から引退させられ、米国に移住した。
その後、宋美齢の工作組織は、徐々に中国共産党に引き継がれたとされる。
そして、サンフランシスコは中国共産党のロビー活動の拠点なった。